著名人の墓

江巖寺墓地には多数の著名人が眠っています。
一部の方々をご紹介します。

戸板 保祐
(トイタ ヤススケ)
天文家、日本和算著名人
畑中 淡也
(ハタケナカ タンヤ)
連歌師、綱村公の和歌を編修す
うつせみのからき浮世を身はひとりいかてかくまてはなれなけぬる
わすれてはこ誰ためのなみたそとわれからたとる秋の夕くれ
畑中 荷澤
(ハタケナカ タチュー)
儒者、諱は盛雄、字は沖卿、通称太沖また多沖、荷澤と号す。歌人、漢詩詩人。
森鴎外「北遊記」に大正3年5月4日、3泊4日、53歳の時来仙、鴎外は荷澤墓地に墓参のため江巖寺に来寺。
奥田直輔識、高橋成充集書の「荷澤先生墓碑」、子の青霞とともに漢詩集「連壁集」・上巻「荷澤集」下巻「青霞集」
畑中 さく子
(ハタケナカ サクコ・さくは女へんに足)
儒者、荷澤の妻、蘆 東山の女
畑中 白樺
(ハタケナカ ハッカ)
詩、荷澤の長女
里見 良恭
(サトミ ヨシヤス)
儒者・養賢堂助教
庭茂荘、現鍾景閣(第31世伊達邦宗公家屋敷)普請奉行
里見 重時
(サトミ シゲトキ)
詩歌人
今泉 敬寛
(イマイズミ ノリヒロ)
養賢堂助教
今泉 三之助
(イマイズミ サンノスケ)
仙台初期の弁護士
三好 充子
(ミヨシ ミツコ)
三好監物清房の妻 監物・長男青煕・キヨヒロ、監物 六男清徳・キヨノリ
西山 隆章
(ニシヤマ タカアキ)
儒者、養賢堂副学頭
西山 省吾
(ニシヤマ ショウゴ)
工学博士、東京・仙台・札幌鐵山監督署長
八島 為重
(ヤシマ タメシゲ)
武芸家、静流長刀師範
矢野 成文
(ヤノ ナリブミ)
教育家、木町通小学校の前身、北六番町小学校初代校長
東京以北第一号の幼稚園も木町通小学校附属として開設園長となる
矢野 顕蔵
(ヤノ ケンゾウ)
著述家、中学英語教師、成文の子、五城尚武会創設
中目 六左右衛門
(ナカノメ ロクザエモン)
仙台藩孟宗竹移植の元祖
中目 寛之丞安深
(ナカノメ カンノジョウヤスヨシ)
藩士、書家、東海と号す
中目 安富
(ナカノメ ヤストミ)
黒川郡区長
中目 覺
(ナカノメ アキラ)
広島高等師範、松山高等学校各教授、京都大学文科講師
大阪外語学校初代校長、宮城県史監修者
星 雄記・實美
(ホシ ユウキ・サネヨシ)
評定奉行、勘定奉行、刑法局統取、新宿中村屋の相馬黒光女史の御祖父

等々…
参考資料:仙台人名大辞書より抜粋しました。